20209月にNHKテレビBSプレミアム 美の壷~麗し甘し桃~に桃を描く画家として出演。

その取材の中で放送されなかったものの、ちょっと面白いこぼれ話をご紹介しようと思います。

以下、中央大学杉並高等学校同窓会杉朋会NEW292021.5に寄稿したものです。

 

 

麗し甘し桃

昨年、思いがけなくNHKの美の壷と言うテレビ番組から出演依頼を頂いた。光栄なことなのでお受けし取材となった。私の出演時間は5~6分なのに何と丸々2日の取材である。ご存知の方もあろうが美の壷はNHKの人気番組で様々な美術工芸ジャンルから毎回テーマを決め、それに関わる人々の作品や制作現場を紹介している。

私が出演依頼を受けたのは「麗し甘し桃」と銘打った、桃がテーマのシリーズである。私は画家として主に静物画を描いてきたが稀有なご縁で今回、桃を描く画家として紹介を頂くことになったのである。取材はインタビューと映像撮影である。取材した殆どが没になるのだが実に熱心に様々な質問、多くのカットの撮影が行われた。インタビューでは静物画の歴史、リアリズムの本質と言った俄かには答え難い内容の鋭く深い質問が予告もリハーサルも無しに発せられる。美の壷と言えば親しみ易く気軽に楽しめる番組だったのでは、などと思いつつも未熟で荒削りな持論をもって懸命に何とか答えた。しかし自分では、どうにも納得のいく満足な内容とは言えない。幸い編集の段階で、そうした専門的芸術論的な部分はカットされ解りやすい平易な所が放映されたので内心ホッとした次第である。

そうした没になったインタビューの中で、ちょっと面白いものがある。「山口さんの描く桃は実物の桃以上に桃らしく感じられるのですが?」との質問に咄嗟に「森進一ですね。」と答えてしまった。質問者のディレクターを始めスタッフ全員が一瞬きょとんとした表情になった。カメラは回り続けている。「モノ真似タレントの演ずる森進一は本物の森進一より森進一らしいですよね。いや、森進一は絶対に森進一らしさを表現することはできない。まるで本当の森進一みたいと言う表現は森進一以外の者だから可能なわけです。本物の桃とは次元空間も素材も全く異なった絵画だからこそ桃らしさが表現できるのです。本物の桃を見ても、なんて桃らしいリアルな桃だろうなんて感じないでしょ。」との答えに、ディレクターが、こらえきれず吹き出し釣られてスタッフ一同大笑いとなった。

この答えは明らかに美の壷に相応しいとは言い難いがスタッフの方達は、とても解りやすい例で凄く納得できたと言って下さった。私もリアリズムの本質を、これ以上解りやすく的確に表現したものはなかなか無いのではと密かに自負している。

                                            山口和男